違和感も、カオスも、すべてが学びだった。私が、インドで直面した「リアル」
こんにちは!Indoboxインターン生の杉下温音(Sugishita Haruto)です。 同志社大学経済学部の4回生で、普段は「経済×ICT」をテーマに、テクノロジーがどう社会課題を解決できるかを学んでいます。
今回、私は学生生活の最後を飾る挑戦として、インドのハイデラバードへ渡航しました! 「なぜ、あえてインドなのか?」 これには、大きく2つの理由があります。
一つは、純粋な好奇心です。「今、この国に触れておかなければ、自分の人生でインドに関わることは二度とないかもしれない」。そんな予感が、私を突き動かしました。 もう一つは、自分の専攻に関連して「IT大国」の実態を肌で感じたかったからです。メディア越しではない、本当のインドはどうなっているのか。その答えを探す旅でもありました。
今回は、実際に現地で生活し、現地での体験から見えた「インドのリアル」を、包み隠さずレポートしたいと思います。

1. インドの「空気」と、身体が教えてくれた限界
まず、正直な事実からお伝えします。 私は当初2ヶ月を予定していた滞在を、1ヶ月に短縮して帰国しました。これは決してネガティブな理由だけではありませんが、インドという環境が、想像以上に私の身体にとってハードルが高かったことは事実です。
到着した瞬間、私が直面したのは強烈な「洗礼」でした。 まずは「食」。辛いもの好き、汚い環境にも耐性があると自負していた私ですが、本場のスパイスは容赦がありませんでした。お腹は常に不調でした。そして「空気」。砂埃と排気ガスが充満する街中は、呼吸をするだけで体力が削られていきます。1日に2回、鼻が詰まるほどの空気の悪さです。さらに街中に溢れる野犬。私にとって、インドは未知の世界で常に気を張っていなければならない場所でした。初日の1日平均心拍は平常時より30回も増えていました。
ここでは、知力や気力の前に、まず圧倒的な『身体的・精神的タフさ』がなければスタートラインにすら立てないとを痛感し、私は自分のコンディションと相談した上で、滞在期間を短縮する決断をしました。しかし、この決断を通じて、インドという国が持つ「生きるためのエネルギーの総量」の凄まじさを、身をもって知ることができました。


2. 拙い英語に向き合ってくれた「人の温かさ」
生活環境の過酷さに圧倒された一方で、心の面では驚くほど救われる瞬間が何度もありました。 それは、現地の「人」の温かさです。
私は英語が得意なわけではありません。日常会話がかろうじてできるレベルで、渡航前はコミュニケーションに大きな不安を抱えていました。 しかし、現地の人々は、私の辿々しい英語を決して笑ったりしませんでした。適当にあしらうこともなく、私の目を見て、何を伝えようとしているのかを真剣に汲み取ろうとしてくれたのです。
ここで感じたのは、「挑戦することが当たり前」というインドの空気感です。 人口が多く競争が激しいこの国では、誰もが何かに挑戦しています。だからこそ、他人の失敗や未熟さに対して驚くほど寛容です。「やってみる」こと自体が肯定される社会。 衛生面でのストレスはありましたが、この精神的な風通しの良さと、挑戦者を応援する懐の深さは、日本にはないインドの大きな魅力だと感じました。

3. ガラス張りのビルと、その足元にある「格差」
街を歩いていて、視覚的に最も衝撃を受けたのは「貧富の格差」です。 GoogleやMicrosoftが入るような、近未来的で巨大なITパーク。そのすぐ足元には、トタン屋根の家や、路上で生活を営む人々の姿があります。
日本では見られない、あまりに残酷なコントラスト。しかし、私はこの光景を見て、インドがなぜこれほどまでに成長を続けているのか、その理由がわかった気がしました。 この圧倒的な格差こそが、「ここから這い上がってみせる」という強烈なハングリー精神を生み出しているのです。
キラキラしたIT大国の側面は、確かに存在します。しかしそれは、数億人がひしめき合い、生きるために必死に競争している土台の上に成り立っている。 この「生きるための熱量」の違いこそが、今の日本とインドの決定的な差であると感じました。


4. クラクションは「自己主張」の叫び
私は大学で交通安全やモビリティの研究をしているため、インドの交通事情には特に関心を持っていました。 インドの道路は、とにかくうるさいです。四六時中、耳をつんざくようなクラクションが鳴り響いています。最初はこれがストレスで仕方ありませんでしたが、その意味合いは日本とは真逆でした。
日本でのクラクションは緊急の際や、相手を責める意味合いで使われることが多いです。対してインドは、「ここに俺がいるぞ!」と主張しなければ、誰も気づいてくれません。クラクションは攻撃ではなく、「存在証明」なのです。
インドはとにかく人口が多い国です。「主張しなければ、存在しないも同然」 これは交通に限らず、インド社会全体のルールです。この能動的なコミュニケーションスタイルは、システム化すれば事故防止に応用できるかもしれないと考えると同時に、インド人の生き方そのものが交通にも反映されていることに面白さを覚えました。


5. IT大国の正体は「技術力」ではなく「実装力」と「層の厚さ」
最後に、渡航の最大の目的であった「IT大国」の実態について。 現地でエンジニアの方々と話したり、スタートアップのサービスに触れたりして見えてきたのは、日本とインドの意外な共通点と、決定的な違いでした。
まず、結論から言うと、「技術レベルそのものに、日本と大きな差はない」ということです。 インドのスタートアップが提供するサービスも、中身を見れば日本にあるものと大差はありません。 しかし、そのシステムが社会に「溶け込むスピード」と、それを支える「仕組み」が全く異なります。
例えば、日常生活のQRコード決済。 インドでは、Aadhaar(国民IDシステム)と銀行口座が紐づいており、決済手数料もかからないため、爆発的に普及しています。露店でもリキシャでも、スマホ一つで決済が完了するこの景色は、システム設計の勝利だと感じました。 一方で、配送などの物流システムも非常に発達していますが、よく見るとそれは高度な自動化というよりも、「圧倒的な人口による人海戦術」でカバーしている側面が強い。これは、人件費が上がれば立ち行かなくなる可能性がある危うさも孕んでいます。
そして、ビジネスの現場に目を向けると、明確な「マインドの差」がありました。 それは、「新しいツールの導入スピード」です。
日本では、新しい技術を導入する際、リスクを精査し、慎重に検討を重ねます。 対してインドでは、国民性として「とりあえずやってみる」という精神が根付いています。導入へのハードルが極めて低く、失敗しても修正すればいいというスタンスで、次々と新しいツールを試していく。 スタートアップが生み出す技術力に大差はなくとも、それを受け入れる社会側の「慎重さ(日本)」と「スピード感(インド)」の違い。これが、ITビジネスの成長速度に直結しているのです。
では、なぜインドはそこまで強いのか。 その根源にあるのは、やはり圧倒的な「人の層の厚さ」です。
先ほど触れた格差と人口爆発の中で、激しい競争を勝ち抜いてきたトップ層が、世界的なエンジニアとして活躍している。 国全体としての「技術力の総量」と、トライアンドエラーの回数が桁違いなのです。
ただ、冷静に見れば、現時点では日本もインドも「アメリカのプラットフォームの上で踊っている」という構造自体は変わりません。 その共通の土俵の上で、インドが持つ「数」と「ハングリー精神」、そして「実装のスピード」という武器は、これから社会に出る私にとって脅威であり、同時に見習うべき姿勢だと強く感じました。




おわりに
1ヶ月という期間では、インドについて全て知ることはできません。 しかし、スパイスに胃をやられ、砂埃にまみれながら体感した「違和感」や「カオス」は、何物にも代えがたい経験となりました。
綺麗事だけではない、タフな現実。けれど、その中には「失敗を恐れずに突き進む」という、清々しいほどのポジティブさがありました。 春からは私も社会人として、新しい環境に飛び込みます。 インドの環境には身体が追いつきませんでしたが、この地で得た「カオスを生き抜くための視点」と「挑戦を恐れないマインド」を武器に、これからのキャリアを歩んでいきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!